(事実の錯誤/刑事)
昭和25年(れ)第1242号(S26.08.17 最高裁判所)
無鑑札犬を無主犬と看做す旨の警察規則を誤解して撲殺した事例
判例要旨と判決理由主要部分抜粋






<判示事項>
毀棄並びに窃盗罪について犯意を欠く一事例
(非刑罰法規の錯誤は犯意を阻却するか否か)


判例 S26.08.17 第二小法廷・判決 昭和25(れ)1242 毀棄並びに窃盗(第5巻9号1789頁)


<参照・法条>
刑法38条1項,刑法38条3項,刑法235条,刑法261条


<内容>
件名  毀棄並びに窃盗 (最高裁判所 昭和25(れ)1242 第二小法廷・判決 破棄差戻)
原審  福岡高等裁判所


<判決主文>

原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差戻す。


<判例要旨>

被告人が飼犬証票なく且つ飼主分明ならざる犬は無主犬と看做す旨の警察規則を誤解した結果鑑札をつけていない犬は他人の飼犬であつても直ちに無主の犬と看做されるものと誤信し他人所有の犬を撲殺し、その皮を剥いだ場合は器物毀棄並びに窃盗罪の犯意を欠く。

参照・法条:
  刑法38条1項,刑法38条3項,刑法235条,刑法261条


<判決理由主要部分抜粋>

被告人は、本件犯行当時判示の犬が首環はつけていたが鑑札をつけていなかつたところから、それが他人の飼犬ではあつても無主の犬と看做されるものであると信じて、これを撲殺するにいたつた旨弁解していることが窺知できる。

本件は被告人において右錯誤の結果判示の犬が他人所有に属する事実について認識を欠いていたものと認むべき場合であつたかも知れない。

されば原判決が、被告人の判示の犬が他人の飼犬であることは判つていた旨の供述をもつて、直ちに被告人は判示の犬が他人の所有に属することを認識しており、本件について犯意があつたものと断定したことは、結局、刑法三八一条一項の解釈適用を誤つた結果、犯意を認定するについて審理不尽の違法があるものといはざるを得ない。

そして右の違法は、事実の確定に影響を及ぼすべきものであるから、原判決はその余の論旨について判断をまつまでもなく失当として、とうてい破棄を免れない。





<管理人注釈>

この判例では、事実の錯誤ということで「故意」を阻却するという考え方を示しています。
警察規範を誤解しての行為であるところから、法律の錯誤(罰する法律の存在を知らなかったなどのことで一般的に故意は阻却されません。)と紛らわしい部分ですが、無主犬と誤解したということから「事実の錯誤」と言えるものです。
当時は無主犬を殺害しても罰する法律がなかった訳で、器物損壊(毀棄)の刑事責任が問えない場合、他に罪には問えなかったものと思います。
なお、現在は動物愛護管理法があり、犬は野良犬であっても愛護動物であるところから、まず間違いなく愛護法違反の罪に問われることになると思われます。

また、民事における責任が認定されて、民法第709条による損害賠償を負う可能性があることは、この判決とは又別の問題です。


<参考>

なお、事実の錯誤事例で非常に有名な判例として、「たぬき・むじな事件」があります。(大判大正14年6月9日刑集4巻378頁)
栃木県在住の猟師が、狩猟法でたぬきの禁漁期間と定められている3月1に「たぬき」を捕獲して罰金に処せられた事件です。
猟師は、自分は、背に十文字の斑点があることからその地方では「十文字むじな」といわれている「むじな」を捕獲したのであって、「たぬき」を捕獲した認識はないと主張しました。
大審院は、「むじな」を「たぬき」とは別の動物であると信じ捕獲したことについて、「事実の錯誤」であり「故意」を阻却すると判示しました。

また、同じく有名な判例ですが、非常に紛らわしいものとして、「むささび・もま事件」があります。(大判大正13年4月25日刑集3巻364頁)
実は、この事件においては、結論は全く逆になっています。
以下は判決文の一部です。
「むささび」と「もま」とは同一の物なるにもかかわらず、単に其の同一なることを知らず、「もま」はこれを捕獲するも罪とならずと信じて捕獲したるに過ぎざる場合においては、法律を以って捕獲を禁じたる「むささび」すなわち「もま」を「もま」と知りて捕獲したるものにして、犯罪構成に必要なる事実の認識に何等の欠缺あることなく、ただその行為の違法なることを知らざるに止まる
のように判示しており、いわゆる「法律の錯誤」として「故意」を阻却しないとしています。

ここらへんは、判決要旨や教科書だけを読んで理屈を考えても、どうしてもすっきりとは納得できかねるところとなります。
結局、一般的な常識に照らして、刑事罰に処するのが相当か否か、という点が裁判官の判断の根底にあるものと思います。
例えば、「むじな」については「同じ穴の狢」、「たぬき」については「取らぬ狸の皮算用」などという別のことわざのようなものも有るように、当時の人達の間においては別の動物と誤信しても仕方がない事情があったのではないかと思われるのです。
逆に「むささび」と「もま」については、一般の人に認識において、そのような事情がなかったのではないでしょうか。
当サイトでは、「たぬき・むじな事件」の判決文全文を掲載しています。
考え方のヒントになりますので、一度ご覧になってください。

このように、法律を考える場合、その時の一般的な常識に照らして「妥当な結論かどうか」は、非常に重要かと思います。
こういった点は、条文上のみの判断や判例要旨だけからは、中々つかみきることが出来ないと思います。



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作成管理:ねこのおじちゃん


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