(猫の餌やり損害賠償事件/民事)
猫の餌やり行為、裁判の嘆願書の署名活動が不法行為とされた判例
(判例要旨と判決文抜粋)



動物愛護管理業務必携  ペットの法律相談改訂版






事件番号  :平成13ワ1958
事件名   :損害賠償等請求事件
裁判年月日 :H15. 6.11
裁判所名  :神戸地方裁判所
部     :第5民事部


<事案の概要>

本件は,原告が被告に対し,
@猫の糞尿等による被害を発生させたこと
A裁判の嘆願書の署名を求める活動に際し名誉毀損行為等をしたこと
B室内犬をゲージに入れて外に出し鳴き声による騒音を発生させたこと、ラジカセから大音量で音楽を流したこと
を理由に,これらが共同不法行為にあたるとして,損害賠償を請求した事件。



<判例要旨>

1 猫嫌いの人が猫の糞尿被害を訴えているのを知りながら野良猫に餌を与え続けた近所の住人の行為が違法となる
2 上記被害者が調停を申し立てたのに対し,訴え取下げを求める嘆願書への署名を近隣の多数住民から集めた行為が名誉毀損にあたる
3 犬及び音楽の騒音についても、原告らがこれにより睡眠を妨害されるなどの迷惑を被っていることを知った以降の分は違法となる
との判断を示した。



<判決理由抜粋>


1 猫の餌やり行為につき

 被告人らは,明確に野良猫への給餌の中止を求められたことはないものの,原告らが猫嫌いであり,野良猫の糞尿等を苦痛に感じていることを知っていたのであるから,野良猫への給餌を続行することが原告らの迷惑になることは認識できたものであり,給餌を続行したことにつき過失がある。
 世の中には様々な嗜好の人々が存在し,猫等の小動物を好む人も多く存在する。
こうした嗜好に基づく行動の自由はできる限り尊重されるべきではあるが,一方で猫,特にその糞尿等による臭いを嫌う人も多く存在し,現代社会,特に都会においては,このような他人に不快感を与えないようにする配慮も当然要請される。
 したがって,近くに猫嫌いの人がおり,自分が野良猫に餌を与えることにより付近に野良猫が集まるようになり,その結果,野良猫の糞尿により猫嫌いの人が大きな不快感を味わっていることを認識できる場合には,野良猫への給餌を中止すべきであり,給餌を続ける行為は,野良猫による被害が受忍限度を超えるものである以上は違法であるというべきである。



2 名誉毀損行為につき

 前記嘆願書の内容のうち,「訴え取下げ」や「二百万もの高額な慰謝料請求」という表現は,被告らが調停と訴訟との相違を正しく理解せず,あたかも通常の訴訟のように,当事者間の合意によるのではなく判決等の裁判により決着をみる手続を原告らがとったことを表現したものであり,嘆願書への署名押印を求められた住民らもそのように理解したであろうと容易に推認できる。
 「互いに譲歩し,話し合うことでその解決が図られることが一番望ましい」という表現は,一つの見識ではあるが,これも,調停が話し合いのための手続であることを無視したものであり,住民らに誤った印象を与えるものである。さらに,「○○氏の訴えるような猫による被害は近隣住民は受けていません。」という表現と相俟って,原告らは根拠もなく一方的に裁判に訴えたという印象を与える。
 以上のような表現は,原告らが一方的に近隣住民を裁判に訴えるような人物であるという悪印象を与え,原告らの社会的評価を低下させる性質を有するものであり,原告らの名誉を毀損するものであるということができる。
 裁判等について,その当事者や支持者が広く広報活動等をして多くの人の賛同を得ようとする行為は,もとより違法ではないが,嘆願書への署名押印を広く求めるにあたり,調停と通常の訴訟とを区別せず,同様の性質を有するものであるとの前提で,原告らが近隣住民を一方的に裁判に訴えたという内容の嘆願書をもって署名捺印を依頼して回る行為は,原告らの名誉を毀損する違法な行為であるというべきである



3 犬の鳴き声、音楽の騒音につき

 犬による被告の騒音を発生させた行為のうち,本件訴状送達後,原告らがこれにより睡眠を妨害されるなどの迷惑を被っていることを知った以降の分は,違法である。
また,被告の音楽による騒音を発生させた行為及び同被告の言葉による騒音を発生させた行為も違法である。
 いずれの騒音も時には相当大きく,受忍限度を超える場合もあること,前記二で認定のとおり,被告は原告らの本件調停申立に立腹しており,上記の騒音を発生させた行為は原告らに対する悪感情から嫌がらせのためになされた行為であると推認できること等を総合すると,元々は掃除の際に窓を開放して犬を外に出すという日常生活の習慣から発したことであるとしても,違法という評価は免れないというべきである。
 被告による近隣路上での原告らを非難する行為は,前記二の名誉毀損行為と相俟って,原告らの社会的評価を低下させる違法な行為であるということができる。


4 その他被告の主張に対する裁判所の判断


(被告の主張)

 住宅地においては,様々な人々が生活しており,それぞれが互いの多少の生活上の騒音,塵芥等を排出することは不可避であって,その立場の互換性故社会通念上許容される程度のことについては,近隣住民ら相互に寛容の精神をもって許容すべきである。
しかも,原告らにおいても,前記1(7)のような迷惑行為をしてきたことを考えると,被告らの行為については,社会通念上許容される行為であって,原告らにおいて受忍すべきものであるから,原告らの請求は,信義則に反し,権利の濫用にあたり,許されない。

 本件店舗の売上の減少があったとすれば,不況による影響等が原因であり,被告らの不法行為により生じたものではない。



(裁判所の判断)

 被告らが主張するように,現代社会,特に都会においては,様々な人達が相接する形で生活しており,それぞれの日常生活における行動が,他人には迷惑と感じられる場合も多く存在する。
したがって,その全てを当然に違法視することが相当でないことは明らかである。
しかし,本件の,猫の糞尿等による被害,本件調停申立に端を発する名誉毀損行為及び騒音を発生させる行為等は,そのいずれもが被害の程度が受忍限度内のものとはいえず,関係被告において原告らの被害を知り,または少なくとも知ることができる状況の下でなされており,乙関係の営業妨害行為に至っては,明らかに原告らに対する悪意から出たものであり,これらを違法というを妨げない。

 原告○○本人と弁論の全趣旨によれば,本件店舗営業が深夜に及ぶことがあることや,顧客の立小便等により近隣住民が迷惑を被ったことがあることを認めることができるが,このような事実があるからといって,以上で認定した被告らによる違法行為の責任を追及することが,信義則違反や権利の濫用にあたると解することはできない。




<管理人捕捉>

街中の猫に対する餌やり行為に関しての、管理人の知る限り初めての判例です。
この意味で、愛護関係においては、好むと好まざるとに係わらず注目しなければならない判例と言っていいかと思います。

法律上「占有」をどのように捉えるかということについての問題があり、従来、この猫の餌やり行為の責任については、中々問いにくいのではないかと言われてきた事柄でした。
これは、確かに動物の占有者の責任を定めた民法718条については、猫に対する支配可能性(管理可能性)といった部分が希薄で、単に餌やりだけでは「占有」とまでは捉えにくいとする考え方が存在するためです。
事実、奈良春日大社の神鹿訴訟の例においては、長い歴史的な背景があった上で、春日大社と奈良公園の鹿との間に密接な関係を認定、春日大社側の責任を認めているほどです。

この民法718条には、
「動物ノ占有者ハ其動物カ他人ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス 但動物ノ種類及ヒ性質ニ従ヒ相当ノ注意ヲ以テ其保管ヲ為シタルトキハ此限ニ在ラス」
と定められています。
この条文で重要なのは、いわゆる立証責任の問題で、占有者側に「動物の種類・性質に従って相当注意して保管していた」との立証責任を負わせ、その立証が出来ない限り占有者にその責任を認定するものです。
つまり、原告については「損害の発生の事実」だけを立証すればよいわけです。

これに対して、民法における不法行為の一般要件を定めた709条は、
「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」
と定めております。
この「故意、過失があった」ことは、裁判の通常原則どおり、原告がその立証責任を負うことになります。
つまり「損害発生の事実」のみを言うだけでは足りないわけです。

この事から、結局、動物の占有者には、相応の重い責任を課しているといえるのです。
このことは、当事者の一方に訴訟上の不利益をもたらすことになるため、「占有」という要件については、相応に慎重に判断されることになります。
このため、猫の餌やり行為について民法718条に定める占有者の責任を問うということは、そのすべてについて、必ずしも認められるものではないと言えるわけです。
(なお私管理人は、この718条に関しても、充分適用される余地があるとの考えを持ってはおります。)

しかしながら、このことによって、「猫の餌やり行為」については法律上の責任を問えないと考えることは誤りです。
「占有者」としての責任を追及することが難しいのであれば、709条等の一般不法行為を問題とすればいいからです。
なお、
受忍限度論を持ち出す方もおられますが、本件のような餌やり行為においては「生活上当然に発生する臭い」などとは言えませんから、飼育しているペットとは違い、ほとんど考慮されることはないと思われます。
そもそも自分自身の生活の場とは違ったところにおいて、所有もしていない、占有ともいえない、また被告サイドで占有をしているとの主張もしない状況下餌やりをしている訳ですので、これに起因することを受任すべきというのはかなり身勝手な主張といえるのです。
この点から、この主張については、それ自体「失当である」とも言われかねないものかと思います。
本判決においては、この受忍限度論が言及されているわけですが、これは被告側からのこの点の主張があってのことで、実際もし仮にこの点が裁判の主要な争点になった場合は、かなり厳しい判断が示されることは想像に難くありません。

以前、この餌やり行為については、
特に愛護関係において責任を問えないと考える方も多くおられたわけですが、実際のところ、餌やりをしていた猫に起因する何らかの損害があって、その損害について餌やり行為との間に相当因果関係があるとすれば、その行為に対する損害賠償を求めうるということは至極当然とも言うべきものかと思います。
この部分は、法律云々というよりも、極めて常識的に物事を判断してもそうなるかと思います。
愛護活動とはいえ、一つの行為には相応の責任が生ずるのは当然といえるのです。

当ホームページの「ペットを飼育するということ〜その法律的な責任〜」の記事においては、この点についての誤解とも言うべきものが愛護関係の一部に蔓延していた事もあって、餌やり行為についての考えられるリスクとして、この裁判が起こされる前に言及をしておりました。
計らずもこの裁判を予言するような結果になってしまい、動物愛護活動のその端くれにいる者としては非常に残念ではありますが、今後もこのリスクについては、常に念頭に置いていかなくてはならないものと思っております。

このことは、いわゆる「地域猫活動」の根幹に関わることです。
この活動が広く市民権を得ていくためには、決して避けては通れないことかと思っております。

この点をまず認識して、いかにトラブルにならないように活動をしていくか・・・、その視点を持つことが非常に重要と考えます。
私見ですが、自身の体験から考えるに、「避妊・去勢」「清掃」といったものを基本として、さらには近隣関係を良好に保つための近隣の人達との対話などが、とても重要なのではないかと思っております。
つまりは人間関係を重視する方向です。
なお、この地域猫活動につきましては、「ねこだすけ」さんにそのトラブル回避のノウハウがあろうかと思います。

餌やり行為につきましては、その行為の是非と言う部分では、私自身の動物愛護の立場からは、当然ながら是認をしております。
しかしながら、この活動において、動物愛護に関心が薄い一般の方との協調関係を育むためには、今後考えていかなくてはいけない課題であるものと思っております。

この判例においては、「名誉毀損」に関することまで言及されており、そのトラブルの根の深さを感じます。
そこまで至らないうちに、何とか考えておきたいものです。



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なお、名誉毀損に係る部分で「民事調停」が出てきております。
これは裁判手続きによって法律的な決着をつけるものではなく、あくまでも話合いを目的としたものです。
裁判所においては、通常は法廷ではなく和解室のようなところで、2名程度の調停委員と呼ばれる民間人が間に入って、当事者だけでは揉める事になりがちな話合いの便宜をはかってくれます。
民間人といっても、多くはご年配の弁護士が務めておられたりしておりますので、その信頼性は非常に高いものです。
また、調停によって得られた合意は、確定判決と同様の効力を持つことになります。

調停における紛争解決においては、各当事者において、譲るべきところは譲るといういわゆる「互譲」の精神が強く求められることになります。
従って、双方が全く歩み寄る余地を見せない場合、調停は不調となって問題は解決しません。
この場合は、結局訴訟を提起することになるわけです。

また、調停が行われる期日については、通常は申し立てをした一方当事者の都合のみによって定められることや、その期日についても格別出廷義務が生じるわけでもなく、仮に出廷しないからといって何ら不利益を受けるものでもないことから、相手方が欠席をすることもしばしばとなっています。
このように、相手方が話合いのテーブルにつかない場合も、調停は不調となってしまいます。

なおこの場合、法律実務の経験のある方は、いわゆる「17条決定」を思い浮かべる方もおられるかもしれません。
これは相手方が欠席の際などにも、相手方から予め書面などにより何らかに意思表示がなされているような場合、民事調停法17条に定めるところにより、裁判所が職権で調停に代わる決定をすることによって決着をむかえることがあるわけですが、これについては金銭他の財産上の給付に限られるため、今回のようなケースでこの17条決定がなされることはないと思われます。

なお、当事者欠席により、仮に調停が一回不調であっても、通常は再度期日を定めての呼び出しがなされるもので、一回程度の不調で調停が打ち切られることはあまりありません。

今回の裁判においては、被告側がこの調停期日に出廷しなかったことがうかがわれます。
このため、調停が不調となってしまったわけですが、被告にこの話合いの制度である「民事調停」についての誤解があり、何ら話し合いをすることなくいきなり裁判をおこされたとして、原告の姿勢を非難する内容の署名活動を行い、これについて「名誉毀損」との判断がなされたわけです。





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作成管理:ねこのおじちゃん


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